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長篠城[ながしのじょう]日本100名城 46番

2019年6月下旬

 

あいにくの天気でしたが、時間が取れたので愛知県の日本100名城攻城ラストとなる「長篠城」へ行ってきました〜

やはり梅雨時期の攻城はどうしても天気がピリッとしないのが残念ですなぁ〜

しかし雨は降ってこなかったので、なんとか攻城は成功です(笑)

本丸と一部の曲輪が残っている状況ですが、自然の中に残るその縄張りは籠城戦をしていた当時の雰囲気を感じさせてくれます。

 

 

残念なのは一部の曲輪内に鉄道(飯田線)が走っている点…

立地上仕方なかったにせよ、なんとも残念な光景となっていました。

 

曲輪跡や武家屋敷の碑も建っていました。

そして長篠の戦いで亡くなった武田家重臣のたちの墓もあちこちに残っていて、その幾つかを見て回りました。

 

長篠と言えば織田・徳川連合軍が火縄銃を三段で打つ戦法で武田軍を破った「長篠の戦い」として、学生の頃に勉強した覚えがあるのですが、現地の看板には「設楽原の戦い」や「設楽原古戦場」って書かれていました。

 

 

確かに実際に合戦があった場所は長篠城から西に5kmほど行った設楽原という場所なので、城で行われた戦ではなく、野戦だったんですよね。

 

長篠城が有名なのは野戦ではなくて、織田軍が援軍として向かう前の籠城戦ですよね。

武田勝頼軍の猛攻に耐えた長篠城と、その功労者である徳川家、奥平貞昌の家臣「鳥居強右衛門(すねえもん)」の勇気ある行動がのちの大勝利につながったという話が有名ですね。

 

ちなみに武田軍には真田幸村の叔父「真田信綱」「真田昌輝」も参戦していて、その後の長篠の戦いで戦死してしまいます。

 

実際に、鳥居が磔にされた場所もスポットとして残っていましたので行ってきました。

 

木が邪魔で城が全く見えませんが、当時はここから長篠城が見えたのだと思います。

 

そして、城の南側を守る天然堀の豊川から城を眺めるスポットにも!

 

 

しっかり本丸が確認できますね!

 

鳥居強右衛門は城の窮地を家康に伝えるべく、この豊川の水中を潜って下り、武田軍の包囲を突破して65km先にある岡崎城まで向かったとこことです。

すごいですね^^;

 

長篠・設楽原の戦いについては別の攻城記にて!

 

城名 長篠城、末広城、扇城
城郭構造 平城
築城主 菅沼元成
築城年 永正5年(1508年
遺構 曲輪、土塁、空堀、石垣
指定文化財 国の史跡(城跡の一部)
再建造物 なし
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